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札幌高等裁判所 昭和29年(う)700号 判決

控訴人 弁護人 工藤雄助

被告人 南間伊作

弁護人 久須美幸松

検察官 泉川賢治

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人久須美幸松提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

右控訴趣意第二点(事実誤認)の(一)について

論旨は、原判示第一の(一)掲記の十万円は、的場タミが直接田村慶喜にその貸与方の申入をなしたもので、被告人には右貸借の媒介をした事実はないとして事実誤認を主張するにあるが、原判決挙示中原判示第一の(一)の事実に関する証拠を綜合すると、原判示のように、被告人が的場タミと田村慶喜との間の十万円の貸借につきその媒介をした事実を認めるに十分である。右証拠中原審証人田村慶喜の証言には信用性がないとの所論は、弁護人独自の心証構成というほかなく、論旨は理由がない。

同(二)について

論旨は、原判示第一の(二)および(三)の各金員媒介の点を否認し、右各金員は、被告人が後藤一男からの借受金を的場タミに貸与したものである。そうでないとしても的場タミは、当時右貸借の相手方が後藤一男であることを知つていなかつたのであるから、結局当事者双方に本件貸借は成立せず、従つて、その媒介の生ずる余地はないとして事実誤認を主張するにある。

しかし、原判決挙示中原判示第一の(二)および(三)の各事実に関する証拠を綜合し検討すると、被告人が的場タミからその経営する北方食品工業株式会社のために融資の依頼を受けるや、被告人は同人に対して他から借受けてやる旨を約してその承諾を得、ついで後藤一男に対し的場タミを代理して同人の経営している前示会社に融資方を懇請し、原判示のような経緯で両者の間に原判示のように各金銭貸借の媒介をした事実を認めるに十分である。被告人の供述中右認定と牴触する部分は措信するに足らず、その他記録を精査するも右認定を覆えすに足りる証拠がない。従つて、又、右貸借当時的場タミにおいてその相手方が後藤一男であることを知らなかつたとしても、右貸借はもとより有効に両者間に成立しているものというべきであるから、本件媒介の生ずる余地がないとの所論も採用し得ない。論旨はいずれも理由がない。

同第一点(法律の適用の誤)について

論旨は、本件貸付(原判示第一の(二)および(三)が所論にいう貸付でないこと前段説示のとおりであるから、自ら原判示第二の貸付に限定すべきものとなる)は、元来被告人がその知人である的場清助の経営していた北方食品工業株式会社の財政的窮状を救うため、被告人の有した網走信用金庫美幌支所の支所長としての地位とは関係なく、全く個人的好意からなしたものであり、しかも、被告人が右貸付のための資金を他から借受けるにつきその地位を利用するところがあつたとしても、貸金業等の取締に関する法律第十五条第一項は、かかる借受の行為を違反の対象としてはいないから、被告人の本件貸付は、同法条に該当しない。しかるに、原判決が本件貸付を以て被告人がその支所長の地位を利用してなしたものと認定して、これに対し右法条を適用処断したのは法律の適用を誤つた違法があるというにある。

しかし、原判決挙示中原判示第二事実の関係証拠を綜合し検討すると、被告人が的場タミの経営する北方食品工業株式会社に融資するため、自己が網走信用金庫美幌支所の支所長の地位にあるため知り得た同金庫の会員等に対し、自己の計算と責任において金員の貸与方を申込み、原判示のように同会員等からその手持金を或は同会員等に同金庫美幌支所から資金の貸付を受けさせ、又は同金庫美幌支所に対する預金の払戻しをさせる等して合計金七百二十四万円を借受けてこれを原判示のようにして右会社に貸与したことおよび右会員等は、いずれも被告人が右地位にあつたればこそ、被告人を信頼して右金員の貸与に応じたものであることが認められる。されば、右借受の所為だけは貸金業等の取締に関する法律第十五条第一項の違反にあたらないこと(原判決もこの点を捉えて処罰の対象としていないことは原判決書中罪となるべき事実と法令の適用の各項を対照して明らかである)はいうまでもないが、前記認定のような事情のもとにおいて、被告人のなした金員の借受は、明らかに被告人が前示支所長の地位にあつたればこそ、よくこれをなし得たものというべきであり、従つて、かかる資金にもとづいて、はじめて所期の融資の目的を達するためになし得たような貸付も亦畢竟右法条にいう地位を利用したことに包含されるものと判断するのを相当とする。それ故原判決が前掲証拠によつて、被告人が前示支所長の地位を利用して右借受金を第三者である北方食品工業株式会社の利益を図る目的で同会社に原判示のように貸与した事実を認定し、これに対し前示法条を適用処断したのは相当であつて原判決には法律の適用に誤はない。論旨は理由がない。

同第三点(量刑不当)について

本件記録ならびに原審で取調べた証拠によつて認められる諸般の事情を彼此勘案すると、所論を考慮に容れても、原判決がすでに情状を斟酌して、被告人を懲役一年六月(三年間右刑執行猶予)および罰金十万円に処したのは相当であつて、その量刑が不当に重いとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原和雄 裁判官 水島亀松 裁判官 中村義正)

弁護人久須美幸松の控訴趣意

第一点法律の適用の誤

本件貸金は被告人が昭和十六年頃北海道拓殖銀行美幌支店長として網走郡美幌町に転勤居住した当時、的場清助が被告人の隣保班長であり且つ同県人である関係上清助及其妻タミと特に懇意になつたもので昭和二十三年被告人の妻リヨが美幌町会議員に立候補した際美幌婦人会長であつた的場タミが之に応援する等のことがあつて特別親懇の関係を生じたものであるが、的場清助が昭和二十一年発起して北方食品工業株式会社(以下北方食品と略称する)を創立したが漸次資金に窮したので網走信用金庫美幌支所長(以下網走信用金庫を単に信金と美幌支所長を単に支所長と略称する)であつた被告人は此窮状を救うため札幌市に居住する的場タミの実兄小林某に会つたが小林某は「有利な仕事だから自分も出来うる限り援助しよう」との意向だつたので「小林さんのような有力者が後援してくれるというのであれば間違ない」と信じて被告人は自分の資金と親戚から借りた金を約百万円北方食品に貸付けたものである(二三八丁裏乃至二三九丁裏的場タミの供述及三六二丁乃至三六三丁被告人の供述)即ち右貸金は親友の創立した北方食品援助のためで親友は上京前その妻タミに対し「南間伊作さんに頼んでおくから会社の資金が足りなくなつたときは同人に頼め」(二三九丁裏)と言い残した程被告人が信頼されてあつたのである。右貸付金は前述の自己の資金及び親戚からの借入金の外信金預金者からの自己の借入金並に北方食品から自分に返済されたものを又貸付けたものであるがその貸付に当り支所長の肩書を振廻して不当に貸付けたものでもなく、又北方食品を乗取ろうとして貸付けたものでもない(二八七丁裏石丸喜代志の供述)又之がため支所長の権限超過及不当貸付と認められるものも全くなかつたものである(三六丁支所長答申書)判決は漠然「右信金美幌支所長の地位を利用して」と断じているが地位を利用した事実は全くない。又判決は第一の(2) (3) 及第二の犯罪に付て被告人が借入金をする場合「信金支所長の地位にあることにより被告人が責任を持つ以上必ず返金を受けられるものと信用させ」たと繰返し言つているが貸金をする者は返金を受けられるものと信ずるのが通常で之を信ぜさせるに当つて詐欺がある場合の外通常犯罪を構成しない。而して本件は貸金をする者の処罰であつて借入金をする者の処罰でない。判決は法律の適用を誤つたものである。以上の理由により本件は全部無罪である。

第二点事実の誤認

(一)判決は第一の(1) に付事実の誤認がある。判決は田村慶喜の第四回公判期日の供述を証拠として犯罪を認定しているが同人の供述には信憑性がない。同人は先に被告人が自宅に来て北方食品の的場タミさんに金を貸してくれと言つたので信金美幌支所に行き自分の子息の預金通帳二通を持つて金を受取ろうとしたが一通の預金通帳が間違つていたので十万円だけ受取つて信金の窓口の女の人に渡し、あとの十万円は二三日後もう一通の預金通帳を持つて行つて金を信金から受取つて十万円貸したと言つている(二〇九丁乃至二一一丁)。之に対し弁護人がその誤を指摘した(二一六丁裏)が田村は頑として右供述を固執したのである。然るに十月十三日の第四回公判で子息名義の二通の預金帳を見て漸く前述の供述を取消し四月十四日に十万円貸した旨述べている。此点的場タミの供述が事実を明にするものである。即田村慶喜の妻の妹は的場タミの亡夫清助の教え児でその実母は田村の養母である(二四七丁)ので田村が直接タミに金を貸したものであると言つている(二四一丁裏乃至二四四丁)被告人の供述は全く之と同一である(二六三丁裏)。後日被告人が的場タミが田村慶喜宛に振出した三十二万円の約束手形に立会人南間伊作と記載した時田村の懇請によつて特に立会人の文字を消した事情も的場タミの供述で明かである(二四六丁)。右本件十万円は的場タミが直接田村慶喜に貸金方申出でたもので被告が自己を通じて的場タミ(北方食品)に貸付けさしたものではない。

(二)判決第一の(2) 及(3) にも事実の誤認がある。判決第一の(2) に於て後藤一男が四十万円を出資金として信金に持つて来た時被告人は「四十万円出資しても成程利息は一割つくがその利息には税がかかるし、出資したことが他の出資者全部に知れるから寧ろ一人一万円宛四万円を出資して残額は預金にした方が好い」との意味を支所長として好意的に注意を与えたもので残額を借りるために出資金を減らさしたものではない。五十万円を借りたのは出資金を減らしてから一月位あとだつたと被告人は言つている(三七一丁)。判決は昭和二十七年二月上旬頃被告人は北方食品と後藤一男間の金銭貸借の媒介をしたと言つているが、甲乙間の金銭の媒介をするためには甲乙双互間にその媒介の相手方を認識し且つ媒介の事実を知つていなければならぬ。然るに本件に於いては後藤一男は北方食品には貸されないというので被告人は自己の名義で之を借受け(三七九丁裏)て之を北方食品に貸付けたので的場タミが此資金が後藤一男から出たものであることを知つたのは昭和二十八年十二月である(二四〇丁裏)。従て昭和二十七年二月五十万円の貸借の媒介があつたのではない判決の第一(3) の事実に付ても前九行に記された通りで従て昭和二十八年一月下旬頃金銭貸借の媒介があつたものと称されぬ。

以上の通り本件は仮令無罪でなくとも本判決に影響を及ぼすべき重大な誤があるので本判決は破棄されねばならぬ。

第三点刑の量定が重過ぎる

被告人の性格は筒井正夫の証言(二七六丁以下)で明かなように朝四時に起き家族全員で牛馬の手入れをし、美幌町で酪農一家と言われた模範家庭で信金支所創立するや一人で各家庭を廻つて預金の増加に専心し之がため数年ならずして預金一億に達したものである。不幸本件起きるや被告人は支所長を辞し妻は一切の公職を辞して債権者のため全資産を投げ出してその債務の完済に努力しているのであり、従て現在その収入金は失業保険料だけに過ぎない(十月十三日公判の供述殊に三八二丁)。仮令判決記載の行為が犯罪を構成するとしても被告人が誠意を以て親友のために自己を犠牲にして努力した此行為に対し一年六月の懲役の外に十万円の罰金を課するのは余りに重過ぎるものである。

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